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くじらアパートの京都出発は、6月11日です。

日記は、ブログでアップします。写真などはまとめてアップするので少し遅くなります。

ヤフーマップはここから、下記の住所を入れて場所を見てください。

出発前に祝ってくれた、京都の床屋さん。5月29日
出発前に祝ってくれた、京都の床屋さん。5月29日

それでは、くじらアパートでの生活が始まってからの書き溜めていた日記を起こして見ます。

6月2日(土)場所:吉田寮焼け跡

 五月のはじめの時点から、この日に出発することを決めていた。が、しかし、ぜんぜん準備が整っていない。
 そもそも、竹の窓がまだ2つ完成していない。竹窓の完成は、今週末になるという。ならいっそ、一週間伸ばしてしまえ、ということで出発を6月11日にすることにする。

 どうせだから出発パーティーもやることにする。寮の人らに挨拶してから行くのがいいと思った。


 ともあれ、さんざん出発するといっていたのだから、今日からくじらアパートで寝起きすることにする。
 時は昼間、去年までの相部屋の白石とポートフォリオ(作品紹介)について話していると、誰に見せるのかって話になり、メディアの人かな、となる。では、ポートフォリオというだけではなく、取材以来のかたちにしたほうがいいか、となり、ではそれをどこにもっていったらいいのかって話になる。なんと大学には記者クラブというのがあり、そこに記者さんらが、常駐しているらしい。早速行ってみるわとなる。土曜日のため閉まっていた。月曜になったら行こうと思う。

 そんなこんなで、今日はおやすみなさい。出発前に部屋の片づけをせねば。

6月3日(日)場所:吉田寮焼け跡

 初めて寝た。足を伸ばして寝れる必要がある。台車の上のまま寝たのもよくなかった。
 台車からおろしてみる。初めて一人での降ろす作業、ホームセンターで買ったラチェット式ベルト大いに役立った。足を伸ばして寝るためにはなんか台を置けばいいと思いつく。

 一日中、寮の部屋の引越しをしてへとへとになる。24時に寝るが4時ごろセッションで目が覚め(蚊にいっぱい食われてた)、すきやにマキヤ尾崎欣也と行く。バジルトマトと青ねぎトンドンともにミニを食べ満腹になりまた寝る。4時が結構明るいとわかり4時ごろから移動をはじめることを決める。

6月4日(月)場所:吉田寮焼け跡

 9時、電話で目が覚め、北寮8号に行きHP作成に取り掛かる。いよいよ、つくりはじめねば、、、
 11時網谷さんに創ってもらった竹窓に油を塗る。本体の修理したところにも油を塗る。一人で台車に乗せることも出来た。 

 昼、取材依頼を本部棟の記者室に出しにいく。ポストがあるだけなのかと思ったら、実際に記者が7人くらいもいて驚いた。買い物籠に入れていった取材依頼。こちらを見てる記者さんに目的を話す。すぐに興味を持ってくれたのが京都新聞の記者さん。つられて、その場にいた記者さんほとんどが写真と動画を見て、話を聞いてくれる。その場で京都新聞の稲庭さんが取材に来てくれることが決まる。

 その場にいなかった残り9社(NHK、KBS、中日、読売、時事通信、共同通信、産経、毎日、朝日)のポストに取材依頼を入れる。共同通信の高山さんもきてくれることになり焼け跡で初取材を受ける。13:00
15:00読売からも取材に来てもらえるとの電話。取材中話題は、スローライフ・和・環境で固められた。「そうだ、その通りだ」と相槌を打った。

 電気と10mの延長コードを買いに行きがてら、ワールドコーヒーにエスプレッソマシーンを買いにいき(結局高くて買えず)、造形大学にビラまきをしに行き、汚点紫・月光荘・磯垣タタミ店に挨拶に行く。
 結構長い行程でへとへとになる。帰りにベルギビールを買った。楽しみだ。毎日新聞さんから明日か明後日取材に行くとの連絡をもらう。

 帰ってきてゆっくり飯を作り白石と話をして夜。今日は蚊に食われたりせず快適に眠りたい。

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6月5日(火)吉田寮焼け跡

 朝刊、京都新聞・読売新聞に載っていた。なんだかこれから始まることを考え震えた。感動もした。

 てる子お母さんの所に壮行会をして頂いた時の写真を持っていく。新聞を見てくれたらしく喜んでくださった。ともに喜んでくださる方がいることは、ありがたいことだ。
 安藤忠雄さんに紹介状を書いてくださるとのこと、さすがに顔が広い。今週末にお店の前で写真撮影をさせてもらえることになった。いい写真を、しんご!
ハヤシライスをご馳走になり、お使いを一つ済まし帰る。

 けんたから、ABCテレビの知り合いを紹介してもらう。初テレビか?期待。明日あたり、反応のない社を再びあたってみよう。ABCさんと話しているときに、毎日新聞さんの取材が決まる。

 夕方、焼き増しをしに百万遍へ、ついでに京都新聞をまた買ってしまった。全部で京都新聞5部読売新聞1部買った。京都来て4年、初めて新聞を買った。お世話になった欣也、こうた、まるやに渡すために銭湯券を3綴り買った。

 夜くじらで、初めてコーヒーを飲む。まるやにもらったライオンこひーおいしかった。今日は、はんごうで初めてご飯を炊いた。うまく炊けた。アルコールランプすごい。
 エスプレッソメーカーと、カメラPEN-FTとタスクに借りることが出来た。うれしい。お礼にビールをあげた。明日は大学で寝てみようかと思いつく。

 HPがようやくアップロードできた。しかしまだよくわからない。なぜ写真がアップできないのか、、、ともあれ順風順風。


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6月6日(水)吉田寮焼け跡

 ホームページで悪戦苦闘するもようやくわかってきた。Youtubeに動画をアップすることも出来た。

てる子お母さんのとこに行き安藤忠雄さんに手紙を出していただく。

 昼、時計台前で毎日新聞の谷田さんに取材を受ける。のんびりした人だった。時計台前で写真を撮る。時計台に向かう途中、おばちゃんが100円くれた。後、石黒がテレビの取材依頼が来ていることを、受付から寮裏まで走ってきて伝えてくれた。

 取材後、農学部の研究室に挨拶に行く。帰りしなに、事務の人が出てきてくれて励ましてくれる。カンパをたくさんもらった。
帰りに会ったタクシーの運転手さんも千円くれた。

6月7日(木)吉田寮焼け跡

本日は何があったのか?
取材:NHK読売テレビ産経新聞

夜、てる子お母さんに呼ばれてトヨタの会長さんに会う。

 この日くらいから出発前の忙しさと重ねて取材が増えてくる。マスコミの人は新聞を何誌も読んでいるため、一度に乗ると増えるみたいだ。
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6月8日(金)吉田寮焼け跡

 朝4時けんたに関ヶ原までの道を下見に車で連れて行ってもらう。国道は4時でも混んでいる。九条山、逢坂山は越えれるのだろうか? 
 箱根・関が原はトラックの後ろに積んで越えるにしても、初日から「越えれませんでした」なんてことになったりしないか心配。出発当日はテレビ結構きそうだし。
 
 帰り道にさざなみ街道という、いい道を見つける。神社も多く滞在する場所にはこまらなそうだ。

 8時にルートが確定したことを各テレビ局に報告。
 
10時安藤忠雄さんから電話。今からアメリカで再来週帰ってくる。何をしてほしいのかまとめておくように言われる。再来週の中頃、電話させてもらうことになった。会えるかもれない。
 てる子お母さんに報告。すぐにお礼の電話を氏にしてくれたとのこと。ありがたい。

 NHKの取材、雨降りの中、なんとか取材中はやんでくれた。
 夕方からのてる子さん前での撮影を雨のためキャンセルさせてもらう。そのため、NHKの取材が伸びて13時から16時までの予定が結局20時半までとなる。

 七時間撮って4分位の映像ができるそうだ。じゃあ毎日24時間分の映像を撮るのにいったいどれくらいの時間がかかっているのかと思い驚く。ともあれくったくたになった。

 取材後NHKのカメラの人とかもくじらの中に入って記念撮影していた。かわいらしかった。

 ここでNHKの記者に聞く地域のメディアに取り上げられる方法!

  ・県庁には、記者クラブがあるので、そこに取材依頼を持っていく。
  ・支局を狙って取材依頼を出す。総局は忙しいので可能性低い。
  ・めんどくさがりの人が多いので、一発でわかる資料を持っていく。新聞の切抜きなど効果が高い。
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6月9日(土)吉田寮焼け跡

 毎日新聞の朝刊に載る。 
 読売テレビさん取材13時→17時これでもやっぱり3,4分の映像だそうだ。楽しそうなクルーだった。最初の何日かも取材してくれるとのこと。

 スポ日、東京・大阪二箇所から取材依頼。共同通信さんの流してくれた情報を見たらしいありがたいことだ。
 
 産経新聞の夕刊に載ったらしいのでそれを探しにこうたに車で送ってもらう。なかなかみつからず、結局産経新聞社まで行き、入っていってわけを話すと、夕刊下さった。この日こうたに銭湯おごってもらった。すごいよかった。夕飯をサイゼリアで食べた。台車完成パーティになった。
 
 さて、忙しいまま、引越しも終わらず明日は出発前日だぞ!

6月10日(日)晴:吉田寮焼け跡

 この日は、取材もなく引越し&出発パーティーに専念しようとおもっていたが、テレビ朝日から取材依頼16時~18時。初の全国だ。わざわざ東京から2人取材にきてくれた。明日も来てくれるそうだが、また別な人たちだそうだ。

 一昨日届いた竹窓に油を塗る。

 てる子お母さんに今まで載った新聞4誌を届けにいく。ひろ美さんからの餞別を預かってくれていた。頂く。帰ってひろ美さんにお礼状を書き、届ける。 松永さんにも、資料とビラを届ける。
 
 ラジオに電話で出ることが決まる。日本放送の番組だそうだ。
 
 夜、出発パーティ。
 
 
 朝日バイトの人らが、「くじらアパートの取材をしていないのは朝日新聞だけだ」といってくれたおかげで取材に山村さんが来てくれた。そのまま出発パーティーに参加してくれてビール1ケースご馳走になる。みんな喜んだ。マイアミや木村さんも来てくれてにぎやかな夜だった。
 しかし11時には、早退させてもらい寝る。この時点でまだ荷造りに取り掛かっておらず、、、。

6月11日(月)晴:吉田寮→滋賀県草津市
 
 出発当日。3時に起きて荷造りをはじめる。 テレ朝さんはもう来てた。
 あわただしく荷造りする。
 4時:テレ朝、NHK、読売テレビ、KBSがきていた。
 
 磯垣さんが見送りに来て下さった。
 
 出発、仁王門通りを東にいく所でヒメ、一平、まさやが見送ってくれた。
 
 九条山へ、とても乗っては無理なのでロープで引く。牛になった気分だ。この手で逢坂山も越える。快調だ。どんどん行き琵琶湖だ見えてきた所で、KBSの取材を受ける。
 
 さらにどんどん行き近江大橋も越える。湖岸道路に入った所でテレ朝生放送。それが終わりようやく朝ごはん(おにぎり3つ)を食べることに。もう10時だ。テレ朝の放送直後に地元の友達から電話があり、全国ネットのすごさを知る。
 
 ご飯を食べ始めたら、4つの局の入れ替わりの取材。まるで動物園のようだ。
 この日は快調過ぎて走りすぎた。くったくただ。

 くじらをおろしたのは、12時を回っていた。当初の予定では4時から7時までのすいてる時間のみ走るということだったのでオーバーワークだ。 しかもお寺や神社は思ったよりとめさせてくれなくて、それも疲れた。でもまあ、湖岸のいい感じの所におろすことが出来た。
 
 15時「テレビをみたで」というワラビもち屋さんがワラビもちを届けてくれる。よく冷えていてめっちゃうまかった。なんだか急に元気が出た。昼寝した。
 
 早々忘れ物だらけなことに気づき、こうたに持ってきてもらう。ついでに県庁に送ってもらい取材依頼を出す。25部必要だということで、慌てて追加を刷り増す。5時ぎりぎりだった。
 
 夜、はんごうで飯を炊く。インスタントの味噌汁と納豆。おやすみ。

6月12日(火)晴:滋賀県草津市→近江八幡市

 3時半起床。タイに一度行こうとふいに思う。昨日炊いたご飯の残りでお茶漬け。

 4時半出発。読売テレビさんは今日も来てくれた。
 
 なかなか宿泊場所が見つからないので、8時くらいに松の木陰に寝袋を引きご飯を食べ昼寝。
 ここで読売テレビさんと別れる。別れた後に釜本さんからおにぎりとかの差し入れがあることに気づいた。感謝。
 
 夕方再度出発して宿泊場所を見つける。出発のときに持ってきた水が切れる。困ったどうしよう。向かいの、滋賀県南部水道事務所で水4Lをわけてもらう。非常に助かった。
 
 生えてたきのこを料理して食べる。農学部でよかった。しかしこのあと、結局吐く。琵琶湖で体を洗う。大きな鯉が死んでいた。
 夕日がきれいだった。KBSに電話出演後寝る。17:30
 
 20:00電話でラジオ打ち合わせ。各方面に連絡して寝る。

6月13日(水)晴:滋賀県近江八幡市→彦根市

 3時半起床。4時半出発。
 すこぶる順調に愛知川を越え、広々とした公園で休憩8:50
 
 犬の散歩中のおばさんに、「このへんの雷は、すごいですよ」と言われびびる。今日ここで泊ってもいいのだけど、明日から雨だと言うし進もうかな、、、。

 米原まであと20Km明日から三日間雨の予報。さてどうするべ。
 
 ラジオに出た。「こいだ分しか進まない」ってのに反応してた。電話で。昼寝した。
 
 起きた。さーて。
 
 今日は、さいわい曇りだし進める所まで進もうか。さてさて。

 地図がいいかげん欲しいので、「コンビニはどこですか」と農作業している人に聞いたら4,5Kmあるという。しばし話した後急に送ってくれることになった。ありがたい。コンビニで地図を買う。帰りも乗せていただいた。感謝。
 
 風が強いので、ここで泊ることにする。のんびりがいいのだ、と思い出す。
 
 団体の観光客が通ったので、ビラを配る。多くの人がくじらアパートを知ってくれていた。ありがたいことだ。
誰かのブログでみたといって、わざわざ会いに来てくれた人もいた。

 コーヒーを飲むことにする。風がすごく強い。雨が降る前は東風が吹くそうだ。
 アルコールに火をつける。爆発。手にかかり手で燃えていた。振ったらすぐに消えたが、軽くヤケド。 昼寝。
 
 読売テレビの別の番組のNEWSで軽くくじらアパートが流れるとの連絡をもらう。取材なしでも放送できるのか。おどろく。すごい
 風が吹いてる。でもくじらアパートの中は風がしのげる。巣のようだ。昨日から琵琶湖を見ながら用を足すのにはまっている。水の入ったペットボトルを持って行き水を手に洗う。とても広々としている。はあ。

 雨を警戒しているのか、なかなかくつろげない。早く降り始めて欲しい。18:50
 もしも、くじらアパートをすべて樹脂で覆ったら、水に浮かべる以外に、風呂として使ってみよう。

6月14日(木)やはり雨:彦根市

 久しぶりに目覚ましかけずに寝る。
 
 7:22の電話でおきる。聞けばスポンサーのオファーだ。すごく丁寧に話されると、いよいよ仕事の話になったんだと、今までのノリとは違うのだと実感する。愛知の住宅メーカー「フジケン」さんだ。

 ここでスポンサーの話をまとめておく。

  ・すでに、ついてもらっているスポンサーに確認する。
  ・相手に何をすればいいのか確認する。
  ・何を相手がしてくれるのか確認する。
  ・新たにスポンサーについてくれる会社にとって、今後、他社のスポンサーがついてOKな会社、NGな会社を確認する。
 
 こういった所か。

 雨だなぁ。のんびりしてるな。左首のリンパが張っている。飯食ってまた寝る。
 
 そういえばヤケドが痛くなくなっている。よく冷やしたのがよかったようだ。濡れタオルをまいていた。
 
 13:30ラジオ関西に出る。東京着いたらまた連絡くれといってくれた。
 
 希望社から新たにスポンサーをつけてもいい、との確認が取れたので、フジケンさんに連絡する。岐阜入りしたら連絡取ることになった。
 
 17:50わざわざ会いに来てくれる方がいた。二人で。差し入れをしてくれた。今から行くとの連絡をもらってから3時間後に見えて驚いた。陶芸をやっておられる方で、茶碗を下さるといってくれたが、割っても困るので今回は遠慮させてもらった。この方に頂いた鍋焼きうどんが今晩の夕食になった。
 
 左首がだんだん痛い。岐阜に行ったら病院にいこう。
 


6月15日(金)晴→曇:滋賀県彦根市→岐阜県岐阜市希望社

 8:00イエーイ、晴れた。米原行けそうだぜ。
 
 米原までついたら関が原はトラックにくじらを積んで越えようと決めていた。すなわち今日岐阜入りできる期待が高まる。相変わらず首の後ろ痛い。まるで病気みたいなので、顔を洗う。すっきりした。
 
 琵琶湖へと吹いていた風向きが変わる。入口の向きを変え、風が入ってこないようにする。いやー晴れた。
 
 9:20公園で花火が始まり、煙い。出発の時か。
 
 10:00出発。風が強い。本当は休むところか。しかしもう滋賀を出たいので、ガンバル。
 
 下り坂、へっこみ、車道と歩道の間の出っ張り。で、前輪を取られる。壊れてしまった。10:30 なーーー。
 
 くじらは無事。
さて、こうた(台車を造るときに先頭に立ったのが、こうただ。)にヘルプの電話。
 
 その電話の最中、「なにかなー」と興味を持って折り返してきてくれた西村夫妻(名前は後にわかったのだが)が「助けが来るまでうちで休まないか」と言って下さる。最初はどうしたらいいかわからず断ろうとしたが、結局甘えることにする。たすかったー。
 
 11:10近くの西村さんの作業場にしているところに、くじらを置かしてもらう。家にまで寄せてもらい、カレーライスを2杯もご馳走になる。
 
 代えのパーツ待ってる間に、壊れた前輪をはずし、後輪のゆがみを取る。ここまででも、かなり大変な作業を西村さんに手伝ってもらう。
 
 新しいパーツにしたところで残り400km、行けんのかなぁ。だましだましいくしかないな。15:15
 
 22時くらいに岐阜から米原まで迎えに、知り合いが来てくれる事になる。修理してなんとか後20km進みたい。

 現在まだ彦根。
 
 16:30こうた到着。こっから19時まで悪戦苦闘するも直らず、、、。 出先でいじることの難しさを痛感。

 それにしても常に強風に当たっていて、この状況。かなりつかれた。左首も痛い。
 
 結局直らず、ここまで迎えに来てもらい前輪ないまま岐阜入りすることに。

 溶接の出来るところ探さなきゃ。
岐阜ではメンテがくじら・私、ともに必要だ。とりあえず岐阜入りできるのは嬉しい。湖岸道路は道はよかったが、ほんとに何もなかった。
 
 改めまして、遅くまで様々な筆舌に尽くしがたいサポートをしてくださった西村様、ありがとうございました。本当に感謝しています。ありがとうございました。
 
 こうたと、別れる前に少し話した。一緒に台車を作るうえで、もっと話しておかなければいけなかったことがあったなぁ、という感が、目の前に、現れていた。
 
 仕事を誰とするか、その人とどう関わるか、どれだけの仕事を相手に望むかは、はじめに声をかける時点で考えねばならないな。
 
 23:30までの時間、取材に来ていた元寮生の記者に付き合ってもらう。晩飯までご馳走になった。米原のカインズモールで待ち合わせ。すごく暖かかった。
 
 そして岐阜入り。くじらも壊れず運べた。
 希望社の玄関脇の芝生の上におく。
 
 知り合いのうちでシャワーを浴びて寝る。


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